グッドモーニング、ベトナム(バリー・レヴィンソン、1987)

ロビン・ウィリアムズに寄せて。
硬直した組織に対する抵抗という面で観ると、クロンナウア(ウィリアムズ)の行動には快哉を叫んで良いだろう。
一方、ベトナム駐留米軍ベトナム人の関係性に着目すると、クロンナウアは他の米兵と異なりベトナム人を理解し交流しようとする変わり者でありリベラルな人物なのかと思って観ていても、ベトナム人視点では最後までアメリカ人の価値観を押し付ける異邦人という描き方しかしていない。
相互理解には程遠い一方的な「交流」に励んだ挙句、親しく接してくれた青年がベトコンだったと知り裏切られたと感じる。しかし、実態が米ソの代理戦争であり、当事者であるベトナム人がそれをどう受け止めているのか考えれば、米兵とベトナム人の壁を越えて分かり合えるみたいに楽天的にはなれないのではないか。
青年がベトコンであることが戦争の状況そのものに依拠しているのに、それを裏切りと感じる。この絶望的なデリカシーの無さ、異文化に対する想像力の欠如はアメリカ人の典型なのかもしれない。
ベトナム戦争を題材とした映画の中では異色の作品であるが、それでもベトナム人からの視点で見れば違和感が残る。アメリカで制作された映画の限界なのかも知れない。