べっぴんぢごく(岩井志麻子)

明治から平成にかけての岡山が舞台。
社会の底辺に暮らす人々が、因縁や業といったものに取り憑かれて苦しむ様を描いている。現代社会に生きる多くの人々は、幾ら罪深い人間でも死霊のようなものに取り憑かれ底辺に縛り付けられている原因が自らの業である、などということは勿論考えない。しかし、前近代の日本に暮らす人々には、現代の我々には見えないものが見えていたのかもしれない。
それは、単に無知や貧困からくる迷信や因習に起因する幻覚ではなく、実在したもの、それも物理的存在としてではなく当時の人々が共有していた集団的無意識によって「そこに在ることになっている」存在なのではないか。現代人から見れば甚だ曖昧で一笑に付してしまうそんな超自然的存在が実効的な力を持っていた時代が、ほんの100年前の日本にあったのだとしたら、その時代に行ってみたい。ただし好きな時に戻れること前提で。
それを実現してくれるのが、本書のような物語の持つ魅力なのだろう。