百年前の山を旅する(服部文祥)

日本のアルピニズム黎明期のスタイルを、サバイバル登山家服部文祥が再現したドキュメント。服部文祥と言えば、火器を携行せず水や食料を現地調達する登山スタイルで有名な人、ヘビやイワナを捕らえては生で食いながら山を登る人であり、その著作をいつか読んでみたいと思っていたが、雑誌「岳人」編集部員だとは知らなかった。
米と佃煮と鍋を担ぎ、地下足袋と草履を履き、コザを雨具やツェルト代わりに奥多摩、奥武蔵を歩いている。一歩間違えれば遭難、凍死だろこれ。焚火とゴザだけで寒さを凌いだり沢を詰めるのに草履が合理的だったりと、様々な発見もあったようだ。
或いは、江戸時代、加賀藩黒部川源流域をパトロールしていた当時のルートを、古文書等の情報から辿っている。登山道は使わず、衣類は現代の物だが火器は持たず、イワナやキノコを現地調達しながら鹿島槍の山頂に到達する。
装備の違いも大きいが、何よりルートが昔と今では違う。特にアプローチ。取り付きまでバスや乗用車を使う現代と違い、鉄道以外は全て徒歩。奥穂高に登るのに、新島々から歩いて徳本峠を越え、二日掛かりで登頂している。生活や交易のための道であった昔の道が地形の弱点を突いて切り開かれたのに対し、レジャーとしての登山のためのルートは現代の測量技術や土木工事によってより効率的に引かれたものと言える。
余計な装備を持たず身軽に行動するのは魅力的であり、現代のウルトラライトに通ずる志向のような気もするが、ゴアの雨具やガスストーブなどの快適装備なしの登山は的確な判断力や観察力が必要であり、それ以上に相当の覚悟がいるのではないかと思う。