夜啼きの森(岩井志麻子)

八つ墓村」のモチーフとなったことで有名な津山三十人殺しを下敷きにした物語。
三十人殺しの場面は最終章の後半に唐突に始まる。それまでの各章は、殺しの実行犯・辰雄の周辺に焦点を当て、犯行の動機やそれに至るプロセス、徐々に高まる緊張を描いている。村社会の中で辰雄が受ける仕打ちが犯行に収斂していく様は、生々しく現実味を帯びている。
タイトルにもなっている「森」は物語の舞台である寒村の中心にある。全編を通じてこの森が村の閉塞感や複雑な人間関係を象徴する不吉なものとして語られる。森が災いの根源であるかのような描かれ方をしていることからホラーとして紹介されることが多いようだが、この森自体が超自然的な存在として物語を牽引するわけでなく、村人の負の感情を移す鏡としての役割を果たしている。森からの奇妙な声を聞いたり、そこに居るはずの無い者を見たりするのも全て人間であり、辛いことから逃れられない境遇がそれらを見聞きさせる。登場人物たちのそんな生き様には、怖ろしさよりむしろやりきれなさ、物悲しさを感じた。