そこに薔薇があった(打海文三)

短編集。各話のプロットは似ていて、行きずりの男女が親密になり最後は男が死ぬ、または失踪する。不道徳な関係に没入した末破滅するという、男にとって悪夢のような話が6話続く。
ここまではミステリアスな雰囲気の短編集の趣きであったが、最終話で物語は急展開する。メディアに残留した痕跡や人々の証言の外挿により一人の女浮かび上がり、一連の殺害や失踪はこの女によるものということが明らかになる。個別の短編を貫く一本の軸が生じ、それらの短編と呼応しながら緊張感が増す。秀逸なのが、第6話における兄妹。女が幼くして死別した妹を演じていたことになるが、死別したことを受け止められない実兄をその気にさせるほど赤の他人を完璧に演じていることが不気味であるし、偽りの妹の存在を受け入れている兄の狂気にもゾクゾクする。女が現代芸術の素材として様々な男に接近しその生活や嗜好を解析し芸術作品として再構築していたという種明かしにも痺れた。
様々な謎が明らかになったラストシーン。新たな謎を残したまま気味の悪さや空恐ろしさ、緊張感を伴って物語は終わる。男の原罪とそれを高みから見下ろす女の恐ろしさが奇妙な後味に残った。