虐殺器官(伊藤計劃)

9.11にアレな反応しかできなかったアメリカに対する痛烈な皮肉。
米軍特殊部隊の主人公の語り口が「ぼく」だったり、暗殺の標的と長々語り合ったりとハードな雰囲気は足りないが、物語の核となるアイデアは素敵。言語が人体に直接的影響を与える話では川又千秋言葉狩り」を思い出したが、この小説では個人ではなく国家規模の社会集団の構成員に対し言葉が脳化学的に作用する。
アメリカ人が主人公なのに色んなことでうじうじ悩むウェットなキャラクター造形というのはどうなの?日本人でいいじゃないのと読み始めは思った。しかし、大量虐殺の仕組と目的、それを最後に使うラストシーンで、これはアメリカ人以外にないのを納得。グレッグ・ベア「ブラッド・ミュージック」の主人公ヴァージルみたいに切羽詰って「世の中が悪い!もうどうなってもええけんね」状態で人類滅亡規模の無茶をやらかすキャラもいるし、キレちゃう苛められっ子キャラは世界共通。いや、むしろアメリカが本場か。コロンバイン高校とか炭疽菌の学者とか虚構以外でも枚挙にいとまがない。
様々なガジェットも魅力的。環境追従迷彩なんかは大分メジャーになってきた(映画「プレデター」のアレ等)けど、人工筋肉の翼を持つ旅客機とかバイオメトリクス認証でセイフティが外れる小火器とか。9.11以降の軍事力を主軸にした国際関係、それをベースに描写される戦闘シーンなど、豊富な情報量で色んな小ネタも楽しめる。しかし、通底している国際紛争、民族紛争への無力感、絶望感のようなもので読後感は重かった。